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Akiさん ありがとうございます。
Angelさん
次々に申し上げて恐縮ですが・・・
心ある仏教者はキリスト者に援助をしてくれていたのではないか?と思い当たりました。
実はぴーめん(^^♪は、弘法大師空海の占星術などで占ってくれる美人の占い師さんと
交流していまして、昨日も会ってきました。彼女との出会いも不思議な導きと感じています。
(正直言いまして、美人の彼女と仲良くなりたい本音もあります。スミマセン<m(__)m>)
でも、彼女がブースを構えている場所の近くに真言宗のお寺があり、彼女もそれを意識していまして、自分の前世が長崎の殉教者だったと言います。
ぴーめん(^^♪がそこを訪ねたとき教えてもらったのが・・・・
何とそのお寺の近くに隠れキリシタン(私の地元にもいたんですね)の処刑場があり、
処刑されたキリシタンのなきがらを、哀れに思ったお寺の関係者が幕府に内緒で
弔ってあげて、その名残として、小さな十字架の印のついた”キリシタン灯篭”
が残っているというので見せてもらいました。
・・・”良きサマリヤ人の隣人愛”ですね。
思えば、幕末に来日した日本聖公会を建てたC.M.ウィリアムズ主教は、長崎の崇福寺という
禅宗のお寺で伝道を初め、
http://plaza.rakuten.co.jp/yanyan2002/diary/200710160000/
横浜のJ.C.ヘップバーン(通称ヘボン)博士も浄土宗の成仏寺
というお寺に寄宿して伝道を始められたそうです。
http://hamakazuchan.web.infoseek.co.jp/birthplace/hepburn.html
そうしてみると、当時のわが国の仏教者たちにとって、キリスト者は忌み嫌うものではなく、”保護して庇ってあげなければならない人たち”に思えたのではないでしょうか?
そして長崎の隠れキリシタンの人々も、カムフラージュしてくれる仏教関係者がいたことを、誰あろう皆川達夫先生の音楽の講義で拝聴したことを思い出しました。
「宗教の違いを超えた隣人愛」
ぴーめん(^^♪が最初に行った福音派(もどき?)の教会では、
「仏教や神道は忌むべき異教習慣」と教えられました。本当にそうでしょうか?
高野山金剛峰寺に”景教の碑”があることを鑑みても、”仏基一元”というのが
絵空事に思えなくなって来ているぴーめん(^^♪です。
そして弘法大師空海を奉じる美人占い師にはこう言いました。
「日本人のクリスチャンがキリストを本当に理解するためには、
弘法大師空海の助けが必要なのではないか?」
・・・”真言=まことの言葉=ロゴス=キリスト”
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