|
|
ぴーめんさん Akiさん みなさん
ぴーめんさんのコメントされた教派を超えた共通の世界観を昔の高僧達はたしかに
持っていたであろうと私も思います。
しかし、現在のお葬式や法事屋さん的な、お寺屋さんはそういう認識は無いように
思います。
現在のキリスト教会がぴーめんさんがおっしゃるように「仏教や神道は忌むべき異教習慣」
と位置づけているように、お寺屋さんは、檀家を奪われるかもしれない、商売敵くらいに
しか思っていないでしょう。
なぜなら、現在の日本の大半の仏教徒と僧侶は世間体のために、お墓を守りお墓に
念仏を唱え、法要をし、また、檀家のお葬式の中心的役割をはたす、ビジネス業者
だからです。そこには、昔の高僧が悟っていたであろう、宇宙の創造主である大日如来や
万物を生み出す大宇宙の法則(仏法)の実感は現代の僧侶屋さんにはとうてい悟りえない
ことがらだと思うからです。
また、一方でキリスト教の牧師や神父の多くも、天地創造の神の実感や父と子と聖霊の
実感も体感していないであろうと感じるからです。
もちろん、一部の例外はあり、現代のような金権拝金主義の世の中においてもこれらの
世俗の世界から遠ざかり、キリストの臨在を全身で受け止めながら生きている指導者も
おられることは事実ですが・・・・・・。
|
|