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Angel77さん 連続投稿ご容赦ください。
”見えてきた”思いがしますので・・・
”信仰と宗教は違う!”というのがぴーめん(^^♪が最近たどり着いた悟りです。
色んな”教会と呼ばれる物体”の中で七転八倒した末の・・・
”神への思い””神へのささげもの”すなわち”信仰”を、”中身のない宗教的儀式”
に置き換えてしまった例は、創世記第一章にすでに見られると思うのです。
カインとアベルのささげもの。”信仰”をもって捧げたアベルのささげものに神は
目を留められ、”宗教的儀式”に堕してしまったカインのささげものに神は目を
留められなかった。神様に抗議できないアベルは弟アベルに八つ当たりしたんですね。
また、”信仰”を見失っていない弟アベルに嫉妬して、殺した。
このように、”信仰を見失って代替的な宗教にコミットしている者”が、
”信仰を持ち続けている者”に嫉妬して迫害する・・・と言ったら、
教会やキリスト教の歴史が見えてくるのではないでしょうか?
カインがアベルを殺したことに始まって・・・
古代教会によるネストリウス派の追放・・・インドのゴア、中国(唐)の都に移って
”景教”を開きました。追放したキュリロス(キリル)とネストリウス(派)と
どちらが神に用いられているか?
✝人、我がためになんじらをキンチク(追放)しなんじらをののしりなんじらのことを
偽りてもろもろの悪しき言葉を言わん時、なんじら幸いなり
・・・どちらがキンチクしてどちらがされながら”福音”を伝えたのか???
どちらが弘法大師空海に古代の福音を伝えたのか?
中世カトリック教会に対し、ルター、カルビン
どちらがカネ集めにコミットし、どちらが”信仰義認”を打ち出したか?
カトリックから国ぐるみで”宗教改革?”を行なった英国王ヘンリー八世。
しかしその娘メアリ女王(ブラッディメアリ)は、プロテスタントの指導者たちを
次々血祭りにあげ、迫害された人々に中に、
ジョン・スミス (バプテスト派の始祖。アメリカに渡って現代では最大派閥)
ジョン・ウェスレー(メソジスト派;国教会の司祭の地位は保たれていたが随分イジメに 遭ったそう。これも現代アメリカでは2番目信徒数の多い教派)
ジョン・ウィクリフ(聖書を英語に翻訳したかどで死刑になった。現代では彼の翻訳聖書 が見直されて来ている。)
このように、”信仰を見失い、世俗的な欲に狂って宗教権力の亡者と化したものたち”が、”信仰を持ち続けている人々”に嫉妬して、迫害した歴史がキリスト教の歴史ではないでしょうか? ”カインとアベル”がその後の歴史で何度も繰り返されている。
聖フランシスコも最初はそうでした。”信仰”に目覚めた教皇インノチェンティ三世
によって、彼は命と信仰を保たれたわけですね。
教会で行なわれる”礼拝””奉神礼””聖餐式””聖体拝領・聖体礼儀”
・・・”信仰による行い”なのか?”宗教的儀式”に堕してしまっているのか?
”猛省”を促したいですね。
自閉症の子供さんの心を開いたのは、”ご聖体”ではなく、正教会のバザーに信徒の友人が
寄付してくれたシフォンケーキでした。
ぴーめん(^^♪が尊敬する玉木牧師の心と体を慰めたのは、聖公会の”聖餐”ではなく、
同じ聖公会の女性信徒さんたちが焼いたマドレーヌでした。
✝”ご聖餐”とか”ご聖体”とか、何か特別に尊いものであるかのように
うぬぼれるんじゃないよ!この世全体が”キリストのからだ”なんだから
という神のメッセージに思えて仕方ないぴーめん(^^♪です。
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