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Angelさん
私は以前、聖心会シスター鈴木秀子さんの著書「生かされる理由」の中に、
ムーディ博士の「かいま見た死後の世界」がかなり詳しく紹介されていて
興味深く読みました。
鈴木さんご自身も暗闇の階段の一番上から落ちて臨死体験をされたようです。
印象に残っているのは、トンネルを通過するとき、あるいは光に包まれたとき、
人生のフラッシュバックがおこり、そこで問われるのは、
「愛をもって生きてきたか」だけだというのです。
すべての人の命が、その根元でつながり合い、互いの魂が影響を及ぼし合って
いることに気づくといいます。
鈴木さんはクリスチャンなので、その光をキリストのように感じられると
思うのですが、ムーディ博士が書かれているように、「日本の臨死体験者
たちの中には、この光の生命体を「菩薩」とか「仏」だと解釈したり、
インドであれば、ヒンズー教の神と解釈したりする人もいる」とかいうのは、
うなづけます。
私たちは自分が生きた世界の体験をもとに、想像し、解釈しているので
あって、死後の世界は、我々が「天国」として描く青空のもと、花が咲き乱れ、
美しい音楽が流れている・・・というような物質界の世界ではないかも知れません。
鈴木さんの著書のしめくくりは「死のすばらしさ、生きていることの喜び」
多くの死をまぎわにした人々と付き合ってきた彼女が一番伝え
たいことは、死は決して怖いものでなく、やすらかに次の世界に旅立てる
出発点であるということ、だからその死を迎えるまで、つまり生かされて
いる間はそれを喜びとし、誰かのために存在する意義を日々かみしめて
生きていくことが大切なのだということだと思います。
ぴーめんさん
私も数年前、この歌を紅白で初めて聴いたとき、その歌詞の深さに驚き、
誰が作ったのかなあと気になりました。やっぱり小椋佳さんでした。
この詩にあるような感覚は多くの日本人が持ち得るものだと思います。
「私は○○を信じています・・・」と公言する信仰の持ち方もすばらしい
と思いますが、
そうでなくとも、このように、人間というもの、生きるということの意味を
問い続けている人は信仰を持っているのと同じだと私は思います。
社会学者の鶴見和子さんが「私は宗教に属していないけれど、信仰は
持っている」と言われ、特に病を得てから、自分が大宇宙の中で、すべて
のものと調和して存在しているということを全感覚で実感すると言われて
いたのが心に残っています。
ぴーめんさんのすばらしい声でこの歌の心を多くの方に伝えてくださいね。
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