投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

新着順:45/499 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

本音と建前・・・・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2009年 8月10日(月)01時00分32秒
  通報
   パウェルさん ぴーめんさん Akiさん

>伝統には、単に形式的な形骸化したものだけでなく、本質的なものがその内部に
>しまい込まれているものだ、と思います。

私も、そう思います。キリスト教の倫理観が世界中にいきわたったため、世界の
歴史は幾度も地獄の悪夢から目覚めて、人間本来の良心を取り戻し、この世界を
野獣がたむろする状態から平和な世界に戻してきたのですね・・・・。

ただ、社会全体でなく人間一人一人の信仰や教会の状況を歴史的に観ていくと
いつの時代にも本音と建前があったことに気づきます。
聖フランチェスカや著名なカトリックの教派の教祖であった神父をのぞくと
中世ヨーロッパの教会の神父は表向きは独身で妻帯せず生涯をキリストに捧げる
身として社会的に尊ばれたのは周知の事実ですが、一方で教会の清掃や神父の
身のまわりの世話をする女性がいたことも事実で、その女性が神父の実質的な
妻の役割をはたしていたことも、教会内部のものは黙認していたといいます。
このように建前は清廉潔白・聖書の十戒から抜け出してきたような神父も
実際は妻帯をし、免罪符を交付して信徒からお金をもらっていたのです。
このような実情を知った上で、ルッターなどがカトリック教会の改革を
迫ったのですが、この結果はやはり建前が優先しルッターは教会から破門される
ことになります。こうした経過もあってプロテスタント教会が誕生したわけですが
この時点で教会規約や倫理規定は緩和され聖職者も公に妻帯してもいいことになり
一般の信徒とかわらない生活が約束されることとなったのです。(万人祭司の聖書
解釈⇒洗礼を受けた時点ですべての信徒は分け隔て無く祭司となる)
私が、言いたかったことは、キリスト教の倫理観や信条は尊ばなければならないが
実質的に形骸化している規約や倫理規定は実情をみて改めていくべくだと思った
ことです・・・・。
 
》記事一覧表示

新着順:45/499 《前のページ | 次のページ》
/499