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Angelさんのコメントを読んで、思ったことがあります。
確かに、悪の中には、Angelさんが書かれているような事例もあると思います。
そういう時は、「やはり神は見ておられた・・・」「やはり神はおられた」と
納得できるのですが、世の中には、当事者(被害者)にとっては、とうとう
最後まで、その意味が理解できないまま過ぎてしまい他の人々からは忘れられて
しまうというケースも多くあります。いやそういう場合の方が多いかも知れません。
今でも、罪のない多くの子どもたちが戦争の中でその短い命を落としています。
何の為に生まれてきたのか・・・そんなことを考えると「本当に神はおられるのか?」
というような気持ちさえ起きてきます。「カラマゾフの兄弟」を思い出しますが、
そう感じる人は多いと思うのです。
数年前、はっとするドラマの場面がありました。それは沖縄で命を落とした
子どもたちのお墓の前で、祖母と孫娘が会話している場面でした。
孫娘が「一生懸命生きていたこんな小さな命を奪われて、さぞ無念だったろうね。」
というと祖母は答えます。
「そうさ、もっともっと生きていたかったろうにね。でも、神様はこの子たちにも
大きな使命をお与えになった。その子どもの死を通して、生きている人たちが
二度とこんなばかげたことをしないようにと決心させること・・・この子は、
強いメッセージを送る為に生まれてきたのさ。」
かなり前のことなのではっきり記憶にはないのですが、そんなような意味でした。
これは、しかし、前段での疑問に100%応えているとは思えません。でも、少し心が慰められたのです。
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