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Akiさん・・・・・
鋭いところをついておられます。下記のコメントの沖縄や東南アジアにおける
日本兵や米兵の理不尽な行動は、確かに後の世に軍事裁判によって裁かれては
いますが、その被害者側から観た人生と、神の摂理は説明できません。
まさに理不尽・・・不条理としか言いようがありません。なんの因果でこのような
理不尽な被害に遭うのか・・・。神はそこに本当におられたのか・・・・・
以前、学生時代にこの問題に突き当たり、ニーチェやカミュの本を読み漁り
結局、「神は死せり・・・・」の結論に賛同したこともありました。
でも、ニヒリズムや無神論を信奉してはみたものの、この世をはかなんですぐに
自殺や自暴自棄にもなれず、死に切れない中途半端な人生を歩んでいた一時期も
あったことは事実です。
今、そういう時期を振り返ると、かえってなつかしく思い出されますが、結局
この問題に対処できた処世術は「とにかく、人生を最後まで見るだけみてやろう・・・」
と言う結論でした。と言うわけで現在もこの考えでどうにか死なずに生きている
わけですが(笑)今まで検証できたことは、「人生はまんざら神々は死せり・・・!」と
結論づけることばかりではなかった・・・・と思ったことです。
否、むしろ神は厳然とおられたんだ・・・・! 神は私の中で活き活きと存在して
くださる・・・! と思えたことでした。
主観的と言えばそうかもしれませんが霊感的にと言ったほうが適切かもしれません。
それで、このことを他人に話すときは、もうすこしやわらいだ表現で・・・・
「とにかく、神がこの世に、そして自分自身の中に、おられるか、否かは、最後まで
生き抜いてみなければわからないこと・・・」・・・「苦しいことがあっても、とにかく
生きて信じて、信じぬいて生きてみようではないか・・・!」
「イエス様がおっしゃったように、この世の見える部分だけを見ていたときは
疑いも多く信じがたいことも多かったけれど、死に勝利されたイエス様の言葉を
信じて信じて信じぬいて、この世の苦しさの中を必至におすがりして、永遠の世界に
いけることを確信して確信して・・・生きてみようと・・」思うのです。
Akiさんの祖母と孫娘の話も、この世の見える部分だけでなく、その戦争で死んだ
子供たちは、きっと死も無く、病も争いもない、永遠の天国で神のふところに抱かれ
ながら幸せな別な人生を送っているに違いないことを、信じて信じて信じぬいてみたいと
思うのです・・・・・。
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