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はじめ「ひめゆりの塔・・・」を読んだときは、なんかそんな考えは
ひどいじゃないか!と思いましたが補足説明で、そういう意味なのか・・・
と思いました。
「霊魂」というものについて、私も古代の人々と同じく、その存在には
肯定的ではありますが、自分の日常生活において、実感することは
ほとんどありません。
以前友人から「読んでみて・・・」と借りた江原啓之さんの本に「霊」
には低級なもの、高級なものがあることや生まれ変わり修行することに
よってより高い次元の霊になるというようなことが、書かれていたの
を思い出しました。
でも、今現在、そういう具体的な霊の状況については、あまり信じられません。
またAngelさんがよく言われるカトリックでいう「煉獄」という
考え方も私は「免罪符」と同じく、現世の都合(説明で人々を納得させやすい)
から考え出されたもののように思っています。
ちなみにダンテの「神曲」の煉獄篇にある七つの煉獄山は1、高慢 2、嫉妬
3、憤怒 4、怠惰 5、貪欲 6、暴食 7、愛欲 だそうです。
生身の人間でそのどれにもひっかからない人はいるでしょうか?(笑)
また、そういう考え方と、パウロの「信仰義認」や親鸞の「悪人正機説」は、
相容れないものではないでしょうか。
いずれにしても魂のランクの存在などは、不可解なこの世のしくみを少しでも
筋道だてるために考え出された、やはりこの世の理論のような気がしています。
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