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輪廻転生の不思議な記憶・・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2009年 8月25日(火)22時23分59秒
  通報 編集済
   Akiさん ぴーめんさん

わたしが、これから述べることは、書物や教理から離れて自分の

生涯における体験と記憶から出たものです。

なので、読まれるときこれを、歴史や科学や宗教の教理などに

照らし合わせて、読まないでほしいのです。

ある、少し知識や常識からはずれた思いを持つ、一人のおかしな

人間のたわごとと、思って一笑にふして読んでいただきたく思います。

それは、私が臨死体験(具体的には個人情報になりますので、書けませんが・・)

によって、体験したことがらです。

あるとき、ある場所で私は1時間ほど臨死体験をしていました。

それは、医者やその場に居合わせた人々の証言により、そういう

状況であったことを、後ほど知ったのですが、その間の記憶は

その後に読んだ「かいま見た死後の世界」(臨死体験者の数々の証言)

と、酷似していたのです。

それは、倒れて意識不明の状況下でも、はっきりとこの世の世界が

鮮明に見えていたことです。ただ、違うのは見ている目線の位置でした。

それは、はるかに高い上空からまるで下界を見下ろすように、山や

川や野やお花畑を見ていたのです。

そこは、未知の場所ではなく、まさに私が気を失っていたその場所でした。

状況が少し違ったのは、光の量でした。

それは、まばゆいばかりの美しい光に包まれて野や山や野原の

花や草木が輝いていたのです。

私は、この体験をしてから、以後2年後くらいにキリスト教の洗礼を

受けました。それは、私の身体がその臨死体験後も、何んの後遺症も残さず

以前よりも健やかになり、生き生きと生活していたからかもしれません。

私は、それ以後、ものごとを、頭で考えず直観的に判断するように

なっていました。そして、直感的に判断したことが案外いろいろ

考えあぐんだ結果判断したことより、いい結果を生んでいることにも

気づいたのです。

そういうわけで、私が死後の世界や輪廻転生を感ずるのは、仏典や

宗教書によるものではなく、むしろ体感した直観的な霊感から

くるもであることを知っていただきたく思ったのです。

おそらく、広島の爆心地や沖縄の激戦区で命を落としていった

人々の思いは、その生涯で一生が終わる、という考えには耐えられない

苦痛だと思えます。おそらく、来世への確固たる霊感的な確証を得て

亡くなっていかれたものと思えるのです。

そういう、戦時中に生れ、悲惨な生涯を送られた人々の魂は

光り輝く平安なこの世の来世を確信しておられたのだと思います。

それは、仏典によるものでも、宗教書によるものでもない、その人

自らの霊の目(霊感・直感)によるものであるに違いないと

思えるのです。・・・・
 
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