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ぴーめんさん
私の、一人よがりなコメントに対し、寛大な感想をお書きいただき
感謝です。特に下記の点に関しては私も同じ思いです。
>私たちの肉体は、ほぼ7年で構成している物質が入れ替わるそうですね。(新陳代謝)
>しかし”自己・自我”というものは一定している。”私”と自覚している。
>これが”肉体=サルクス”に対し”霊”と評される”プシュケー”ではないでしょうか。
一度このコメントを読まれた方は、謙虚に「自分自身が、自分自身で
ある・・」とぼんやりと自覚した幼少のころを思い返してほしい
のです。私は、本当に幼少のころから、小学生・中学生になっても
どうして今いる家族のもとで、またこの時代に日本という特別な
土地にこうして生かされているのだろう・・・と、何度も何度も
考えました。
そして、ぼんやりと感じたことは、私はもっともっと以前にも
こうした自我意識をもって、別な家族のもとで別な時代に別な場所で
生きていたのではないか・・・・と思ったことです。
その少年時代には輪廻転生という言葉や前世という概念も全然持たず
また知らなかったのに・・・です。
そして、成人して人生の半分以上を生きた今もこの思いは同じです。
いえ、むしろ今は、きっと自分が今の人生を去って、現在の自分を
とりまく人々や時代や国とおさらばしてしまった後も、きっとどこかで
また、新しい若い肉体を新しい父母からもらって、ぼんやりとなぜ
自分はここにいるのだろうと・・・考えているのではないかと思える
のです。
こういう、自分を知識や宗教や哲学から解放して、素朴に自我意識
だけを見つめるとき、不思議にも永遠に続くであろう、生命の不思議
を内なる霊感が感じ取っているような気がします。
でも、こうした思いは、ある悲惨な生き方しかできなかった人々や
あまりにも理不尽な生涯を強いられた人々にとっては、納得のいく
世界観(宇宙観)ではないでしょうか?
そういう意味で、ぴーめんさんがコメントしてくださったように
先に哲学や宗教そして教理ありき・・・ではなく、まず、人間の
素朴な思いや、不思議な現象(臨死体験や霊感)があって、過去長い
人間の歴史の中で語り継がれてきて、今日に至っているのではないかと
ふと、そのように思えてくるのです。
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