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仏教の極楽浄土について・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2022年 1月17日(月)17時16分19秒
編集済
 
幸福の楽園の随想(後編)でも述べているように、仏教における極楽浄土の信仰や
思想についてのべてみたい。

以下は幸福の楽園の随想(後編)の一部の引用であるが・・・

天台宗は「法華経」がその教えの中心になっていることは周知の事実

ですが、天台宗の「浄土信仰」は案外知られていません。それは、天

台の教祖が「摩可止観」の「四種三昧」のうちの「常行三昧」に始ま

りますが、教祖によれば、口に常に「阿弥陀仏」の名を唱え、心に常

に「阿弥陀仏」を念じ、90日間いつもただ、「阿弥陀仏」を念じな

さいと説いています。それによって、悪行や悪い想念を「阿弥陀仏」

の念力で払拭してくれる と説いています。それゆえ、絶え間なく

念仏を唱えよというのです。この天台浄土宗が法然の浄土宗にそして

弟子の親鸞によって 浄土真宗へと受け継がれていったのです。

以上のように、親鸞によって、ただ「南無阿弥陀仏」と唱え一心に

阿弥陀仏におすがりし

この念仏を通じて極楽浄土にいけると信じ確信すれば、信者の生前の

行いや善行の有無に

関係なく阿弥陀仏の助けによりすべての信者は極楽浄土に行けることを説いたのです。

この阿弥陀信仰は、キリスト教がシルクロードを通じて中国に伝わっ

た時に、そのキリスト教の一派のネストリュース派が西方浄土(キリ

ストの生誕地ユダヤ)の神を信じただ

熱心に救いを求めれば天国(極楽浄土)にいける・・・と説いたとも言われています。

いずれにしても、

「南無阿弥陀仏」(助けてください、阿弥陀仏様!)と熱心に唱えることに

よりその強い信仰によって極楽浄土(天国)にいけることが約束されるのです。


このように考えると、極楽浄土(天国)を信じ、ただ救われたいために、熱心に

助けてください! 阿弥陀仏様 ! = 南無阿弥陀仏 と叫んで信じてこの世を去った

浄土宗や浄土真宗の信徒も、それを信じる強い意志と信仰によって天国に到達したかも

しれないと思います。

いずれにしても、この世は金と性欲と地位と権力以外の何物もないと、信じて疑わなかった

人は、その人の信じた通り、臨終のおり、金の力ではどうすることもできなくまった時、

また、自分の体が朽ちて性的な快楽も食欲も満たせなくなったとき、それらのみにすがり

目に見えるもの以外を信じなかった反動として、底知れぬ虚無感と脱力感、そして

どうしょうもない恐怖感におそわれ、自分のすがっていたものが、臨終のときにはかえって

重圧となり死の恐怖とその身体的・精神的苦痛の中で自らの命を絶たれていくのではないかと

ふと思うのです。
 

安楽死のこと

 投稿者:椿  投稿日:2022年 1月17日(月)12時00分17秒
  私も以前、テレビで不治の病でだんだん動けなくなっていく女性がスイスの病院で
安楽死(医師は自殺幇助)を遂げられた番組を見て、関心を持ちました。

安楽死を認めている国や州はいくつかあるようですが、ほとんどは自国民に対してで海外にも門戸を開いているのは、今のところスイスだけみたいです。ただ、費用が200万円ほどかかるのと、理由を説明する語学力(英、独)が必要なのだとか・・・。

しかし、自分の身近な人たちの死を振り返ってみると、皆、最後の最後まで頑張って生きようとし、苦しみながら生を全うしたという感じで、私はそれにも深い感動を覚えました。
人間は、ここまで苦しまないと死ねないのか・・・という思いと、神の与えられた命を力の限り生き抜き、力尽きる・・・というのが人間の宿命なのかと・・・。

痛いのや苦しいのは、かないません。薬を打たれ、あっという間に死を迎えるのは、楽かも知れませんが、十字架を背負って、血の汗を流しながら、ゴルゴタの丘に上られたイエス様に申し訳ない気がしませんか?

(これは、上記のような事情を抱えた女性のような人でなく、安易に安楽死を考える人に対して言っています。)


 

色々な人の終活の記事や思いを見聞きして・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2022年 1月16日(日)14時26分1秒
  今日もBSフジテレビでノンフィクション 人生の終わりの過ごし方・・・特集を放映していた。


一般のサラリーマンでない、ある意味で自分の思うままに生きてきたパチスロライターの

ガンを宣告されて余命6か月の生きざまを放映していたが、考えさせられるところも多かった。

そのほかのかなり有名な作家とか歌手とかガンを宣告され余命〇〇カ月になってからの手記は

迫力がありその意味で説得力もあったが、彼らに共通して言えることは、できるだけ自分の

「死」を深刻に考えずに受け入れようとする従順な生き方であった。

しかし、私はもっと社会が進み近未来には欧米で一部合法化されている安楽死(ホスピス

病院の医師による安楽死)が世界中で認められるようになれば、多くのガンなど難病の

痛みと恐怖心を和らげる終末期の本人にとってはいい結果を生み出すかもしれないと

思っている。


上述の安楽死はまだ、多くの国で認められていないしキリスト教会や仏教教団でも容認

はされていないが、多くの宗教教理が時代の進展と共に変化してきた事情を考えると

公に安楽死が本人の意志さえ認められれば許可される時代も到来するかもしれない・・・

と思うのである。

仮定の話だが、こうした社会が到来したら人々は自分の意志で生きられるところまでは

懸命に生き・・・最後の瞬間は覚悟を決めて痛みも苦しみも恐怖感もなく「死」を

迎えられるのではないかと・・・ふと思うのである。
 

「今日の日はさようなら」の歌

 投稿者:Angel77  投稿日:2022年 1月16日(日)10時40分46秒
編集済
 
みなさんもよくご存じの「今日の日はさようなら」の歌は

NHKのみんなのうたでも紹介され、今では小学校の音楽の教科書にも載るように

なりました。普及したのは森山良子さんがレコードをだされヒットしたことから

始まりましたが、そのルーツは今からほぼ半世紀前東京の田園調布で生まれました。

子供会活動をしていたボランティア・グループが「また会おう」の思いを込めて

作詞・作曲した金子詔一さんのギター伴奏で声をあわせて歌ったことから始まりました。

下記はその歌の YouTube のURLです。興味ある方は聴いてください・・・。


https://www.youtube.com/watch?v=a5SaHfNiOO0
 

永遠のいのち

 投稿者:靭負メール  投稿日:2022年 1月15日(土)07時45分6秒
  大学を卒業した年の夏にバプテスマを受けました。爾後古稀に至る今日まで、主(イエス・キリスト)の恵みに漏れたことは一日もありませんでした。わたしの言葉を聞いてわたしを遣わした者を信ずるものは、永遠のいのちを得、裁きにあうことなく、死から命に移っている(ヨハネ5章)。困難や試練があっても主が私を守り、御自身の御手のうちにある勝利を渡してくださる。ヨシュアに、カナンの地を「渡すぞ」と言ってくださった。十字架の苦しみと死に打ち勝った主の勝利を、わたしの人生の道程の中で困難や試練とともに、忍耐と勝利を与えてくださった。喜びと平安を私のうちに満たしてくださったのです。
また投稿します。2022.1.15 靭負
 
    (管理人 Angel77) すばらしい投稿感謝致します。
大学を卒業されて今日まで敬虔な信仰生活を
つらぬいてこられたのですね。
すばらしいことだと思います。
私は大学時代カトリック研究会に所属しながら
卒業しても長い年月洗礼を受ける決心ができませんでした。
 

孤独を克服し喜びと歓喜の世界へ・・・!

 投稿者:Angel77  投稿日:2022年 1月 8日(土)12時44分32秒
  臨終のときに気持ちが楽になるように・・・

孤独に耐えられず人恋しさから悪い人につけこまれたり、悪の世界に

引きずり込まれたり、犯罪の犠牲者になったりすることは 日々の新聞の三面記事でも散見されるが、

孤独に 耐え得る人間に成長し、孤独の中にあっても強くたくましく生きて行くには,

具体的にどのような心境でいればいいのであろうか。

このことを検証する前に、世界の偉人であるそれぞれの人生をみてみよう・・・。

先ず、釈迦であるが彼は王子の華やかな身分を捨て、6年間ひとり山にこもり修業を続け断食と瞑想の孤独の日々を続けた。

この間における人間としての孤独感は一言では言い現せない苦しみであったと思う。

また、モーセもエジプト王の王子同様の華やかな暮らしから突然 ユダヤ人であったことが露見してエジプトを追放されたが、

その後長期間砂漠の荒野をさまよった。その孤独は言葉ではいいあらわせないほどの体験だったと思われる。

また、イエスも自らの信仰を確かめるために40日間荒野をさまよい

いろいろな誘惑にもめげず、孤独の恐ろしさと怖さを身をもって体験している。

このように、歴史にのこる偉人はみんな偉業をなしとげる前に

大変な孤独に耐えているのである。

私は、現代においてもこうした世捨て人のような環境下に自分を置き

その寂しさと苦しさに堪え得たならば、本当の意味での人生の意味が

わかってくるのではないかと思うのである・・・・。

僧侶ならば多くの財政的基盤の上にあぐらをかき、大勢の信徒や

同僚の僧侶に支えられた日々の暮らしは、およそ孤独感とは縁遠い

ものであるが、一度、檀家や家族から離れた心境でただただ釈迦の辿られた

求道のみちを追い求めることが大事なのではないかと・・・思うのである。

キリスト教徒もまた、牧師や教会員の信徒に支えられて安穏な日々を

ただ感謝して暮らすことが、本当の意味での信仰の向上につながるとは

解釈せず、自らを律しこれらの支えから外されたとしても、微動だもしない

信仰と信念を持ち続け孤独に生きてみてはどうだろうか・・・・。

このことにより、社会的地位もすべてを捨て去ることになったとしても

微動だもしない信仰を持ち続けられるように、日々孤独との戦いの

なかで自己のゆるぎない信念を育て上げるべきではないかと・・・

思うのである。

本当の意味での孤独を堪え得た人間こそが、この世がどのようなものか、

また、日々の人と人との交わりが、表面的なきれいごとだけでなく

いかにドロドロとした醜悪なものかを見抜き、すべてのこの世の争いが人と

人の利害関係やねたみや恨みによって派生しているかを看破し

孤独の中で孤独に耐え続けてじっくりと人生の実相をみつめられる

人間に成長すべきではないかと・・・・ふと、そう思うのである。

まだ訪れてはいないが、人生の本当の意味での晩年とはどういう

場所で、どういう心理状況のもとにあるのだろうか・・・

誰しもが人生の本当の意味での晩年を迎えなくても、若い時代の

人生の一瞬一瞬に、ふとヒトコマの映画の瞬時のシーンのような

フラッシュバックに似た思いがよぎったのではないかと思う・・・

自分が年老いていくと、幼少の頃や青年時代に周りに沢山いた仲間や知人は

年と共に一人去り二人去りして気が付いてみると、まるで自分が浦島太郎のように知らない土地で、

知らない人ばかりの場所にポツ~ンと存在していることに気付くのかもしれない・・・・・。

その寂しさと悲しさは言葉では言い現せないかもしれない。

否、自分は一人ぼっちでこの世を去っていかねばならない現実を全身にずしりと感じながら、それでも生きている意識だけは

はっきりとしているその寂しさは説明できない悲しさであろう・・・。

この時点において、自分の所属していた宗教教団やその教えがどれだけ心の支えになってくれるのかは・・・まったく予測がたたない。

同じ信徒の友とて、それぞれ有限な身体(からだ)を持っていて、自分と一体ではないのだ・・・・。

仏教の逸話に、あの世に渡る彼岸の向こう側にある「三途の川」の

岸辺まで来てくれる(と言うより自分の記憶にもある)友人はまさに岸辺までであり、さらによりそってくれるであろう

子供達や兄弟姉妹も川岸までと言われている。

そして唯一三途の川のぎりぎりのほとりまで出迎えてくれるのは配偶者だけとか・・・

いずれにしても、これは客観的にみた状況の説明で死に行く本人そのものの心境や

感情は語られていない。自分はもう誰もいない三途の川を渡り始めたときは寄り添うものは

一人としてなく、まさに孤独と絶望の真っただ中なのである・・・。


以上は、日本における平均的な人々の内面的な心境や感情であり

日本に於いては、仏教徒が多いことから一般論として書いた・・・

しかし、キリスト教徒の場合はどうであろうか・・・・

キリスト教徒と言っても親がキリスト教信者だったので、必然的に

キリスト教を引き継いだ信徒もいるし、深刻な思索や決断からでな

く教会の信徒が友人であったとか、牧師が好感がもてたから、信徒と

なったと言う信徒もいるだろう。前回書いたキリスト教信者にはこのような

本来の信徒から大きくかけ離れた信徒も多いと思う。

このような日本における大半のキリスト教信徒は、上述の仏教徒

と同じく死に直面した時は、孤独で淋しい臨終を迎えるかも知れない。

それは、洗礼を受けた動機が、この世的な生活から決別し死に行く時の

心境で洗礼を受けたか否かにかかっていると思う。

真のキリスト教徒は洗礼を受けた時点でこの世と決別している。

私たちの本籍は天国にあり、全世界の人類に課せられた原罪(

必ずいずれ死に行かねばならない宿命)から、イエスキリストの

十字架上の死を身をもって示された極限・限界状況の中で、

私を信じなさい・・・!あなたがたの死んで行かねばならない

宿命から、「もはや死もなく、病気も苦しみもない世界(天国)

に私のこの十字架受刑とその後の復活を信じる信仰によって

あなた方の罪(死にいかねばならない宿命)から解放され罪が

ゆるされ天国に入ることが許される・・・・という約束・・・

この信仰を堅く堅く信じることによって、上述のような仏教徒のような

孤独と悲しみは払しょくされるのだと・・・・・!

この希望があるかぎり、この約束を信じるかぎり、もはや死に行く

孤独や寂しさや苦しみは消失して、大きな喜びに転換するのだと

信じて信じて疑わないで行こう・・・と思うのである・・・・。
 

新しい2022年に思うこと

 投稿者:Angel77  投稿日:2022年 1月 3日(月)22時13分15秒
編集済
  皆さん 新年 おめでとうございます

日本は まだ コロナの 第六波は 来ていませんが 油断はできません
さて 今年は どのような 年に なるのでしょうか

私を含め 皆さんの 日々は その 心の 中の

思いで決まるようにも思います。 そして心の中に いつも 夢と 希望を 希望を 持っていれば

おのずと人生が 開けてくるようにも思います

そのように 人生を 考えると 案外 幸せは 心の持ちようによって 決まってくるのか と思われます。

なので 決して 自分の心の中だけは いつも明るく 希望に満ちて いたいと 思います 。

自分が 幸せであったか 不幸せであったか は 一瞬一瞬の 気持ちの持ちようで 変わると確信します


ですから 自分の 心の中だけは 決して ネガティブであっては なりません

心に太陽を くちびるに歌を  のことわざ にもあるように

いつも輝いて 希望を失わないで 生きていきたいと思います

今年は 最高の年です

楽しいことが いっぱいで 私の心は 輝いています
幸せです

感謝いっぱいです

嬉しいです

楽しいです

最高の人生です

私を おつくりになった 神様 ありがとうございます

感謝します

私の 生きている 最後の瞬間まで 私を支えて しっかり 抱きしめていて ください

ありがとうございます

ありがとうございます

感謝します

感謝します~
 

私の現在の心境・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年12月29日(水)19時02分43秒
  ここ1~2年、今まで経験したことのない社会情勢が続きましたが、皆さんはご自分の

心の軌跡に変化はありましたか?

私はこの世の見方が大きく変わりました。

まず、100年に一度と言われる疫病の世界的流行を体験して、普段はあまり気にして

いなかった、生きていくための社会(国家)の仕組みやその構造、国家権力の力や

セフティーネットの脆弱性などをひしひしと感じました。

これは日本の国家に対するものというより、それぞれの国の仕組みや法律などによって

こうした緊急事態には大きな差異が赤裸々に感じられたことでした・・・。


こうした中で特に感じたことは、宗教のもつ役割や、その脆弱性、無力感はおおきな

ショックでした。

宗教はこういう時こそ人々の心のセフティーネットとならなければならないのに、

ある国では、礼拝義務や教会出席が信仰の深さを証明するものとあおり、信徒を教会に

集め大声で神を賛美し礼拝を強行したことにより、大規模なクラスターが発生し多くの

信徒がコロナに集団感染し命をたたれたことでした。


このことは、宗教のもつ根本的な救いに意味がない・・・といっているのではなく、

信仰も疫病や地震・台風(竜巻)などの緊急事態時には人間の知恵による非難を優先させ

決してこの災害や疫病におびえない心が、信仰の深さのバロメーターであるような風潮を

各宗教教団は信徒に押し付けないこと・・・だと思いました。


そして、今感じ納得していることは、日本におけるキリスト教会が、政治的にも財政的にも

いかに脆弱で無力であるかと感じたことです。新興宗教で日本ではその教理を過小評価す

る人も多い、創価学会は、その母体となっている公明党を通じ、コロナ禍で経済的にも疲弊

した国民一人一人に10万円の給付を提案し自民党に迫ったことは有名な事実ですが

疲弊困窮した人々の救済を教理に掲げる日本のキリスト教会は、こうした具体的な社会

貢献はせず、むしろ全国民の1%に満たない信徒を逃げないように監視し、礼拝出席と

献金の厳守を監視することぐらいの行動しかとらなかったような気がするのです。

さすがに某国のキリスト教会の一派のように、コロナ禍でも教会に出席させ神への賛美の

為の讃美歌を大声で歌わせ、その参加が信仰のバロメーターであるような評価と指導は

しませんでしたが、教会経営者の幹部にはそのような思いをもっていたものもいたかも

知れない・・・と思っています。

 

クリスマス讃美歌・・Youtyube です。

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年12月24日(金)21時24分14秒
  クリスマスイブの今宵は・・・・・

パイプオルガンの讃美歌を聴いて過ごしましょう・・・!

下記はそのサイトです・・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=7UP9dw9fUCY

 

クリスマスの夜が更けていきます。

 投稿者:椿  投稿日:2021年12月24日(金)20時09分16秒
  人生の中で、何回もやってきたクリスマス・・・
今年もまた無事に迎えられたことを感謝します。

日本のクリスマスは、全然宗教的じゃない、商業用クリスマスだと長い間考えていましたが、最近、少し違う感覚も持ち始めました。

なぜ地球上のほとんどの人々が、この日を待ち望み、自分なりのスタイルで心に刻もうとしているか・・・そこにはやはり神の存在への一縷の望み、希望があるのではないだろうか・・・と。

賑やかなクリスマスイヴは、あたたかく、静かに開けたクリスマスの朝は清らかで、そんな情景は、苦難の中に生きる人類にとって憧れなのだと思います。

 

クリスマス おめでとうございます!!

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年12月24日(金)12時17分10秒
  クリスマスおめでとうございます!

イエス様がお生まれになった意味と、天地を創造された父なる神の御意志を思いおこし

今日の日をお祝いしましょう・・・!

イエス様の誕生と十字架の贖い(犠牲)がなかったら、私たち人間は永遠の地獄をさ迷う

運命にあったのです。

天地創造の神とイエス様の十字架の贖いの愛がなかったら、私たちが天国に帰還する道は

閉ざされていました・・・。

天地創造の神の愛とイエス様の十字架の贖いの愛を信ずる信仰によってのみ、私たちは

天国に帰還することができるのです。

この世的な行いやこの世的な偉業によって私たちが救われるのではありません・・・!

ただ、イエスキリストの十字架の贖いを信じる信仰によってのみ、罪なき者とされ天国に

還る道が開かれるのです・・・。(信仰によってのみ義と認められる)
http://211.teacup.com/angel77/img/bbs/00017jpg71.
 

千年王国の次は・・・?

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 9月 5日(日)10時15分39秒
編集済
  ヨハネの黙示録に示された終末期には、疫病が大流行する・・・。と記されており

まさに2020年代がその到来のようにも思います。終末期には疫病と共に洪水や

台風、地震、気候の極端な変動などが記されていますが、本当に今がその時のように

思います。

さて、こうした終末期を経て、キリストの再臨が予言されており、この再臨により

この世のサタンが一掃されて、キリストの千年王国が到来するとのことです。

でも、最終的にはサタンの復活と反キリスト勢力の戦いが千年王国の末期にはおこり

これらの反キリスト勢力も最終的には一掃されて、再びエデンの園の復活があり

アダムとイヴが過ごしたエデンの園での人々と動物・植物の共存、楽園生活が復活

するのです。もうそこでは人々は死を意識することもなく永遠の幸せな生活が約束

されている・・・とのことです。
 

幸福の楽園 ホームページ 継続します!!

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 8月23日(月)11時11分9秒
  お知らせ

この掲示板トップにも、表示されているホームページ

幸福の楽園  Angel77

ファンの皆様の強いご要望もあり・・・

ひき続き開設していくことにしました・・!

従来と変わらぬご愛顧のほど・・・よろしくお願い致します。


なお、この自由掲示板 も

閉鎖は致しません。

今後ともよろしくお願い致します。
 

戦時下の日本とコロナ禍の昨今

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 8月 9日(月)12時35分40秒
編集済
  今日は長崎に原爆が投下された日。そしてあと1週間で終戦記念日を迎える。

昭和16年から昭和20年8月15日までの日本の惨状と令和2年から3年の

コロナ禍の日本の状態は国民の精神面でみた場合、その恐怖感はあまり変わらない

かもしれない。

確かに空から爆弾は投下されてこないが、目に見えない細菌が電車や百貨店、

レストランの中でエアロゾルとしてまき散らされ、無差別に我々の身体を

傷つけ脅かす・・・・。テレビや新聞では毎日の感染者数を発表するが、一日に

1万人を超える勢いで感染していく・・・。

その恐怖感は戦時中の恐ろしい体験を甦らせる・・・・。

人々はリストラによる失業の恐怖と、実質的な収入の減少におびえ心は沈んでいく。

この地球上では、これらの惨状は繰り返されてきたが果たしてコロナ感染は終焉し

ていくのであろうか・・・。

キリスト教の信仰の世界では、こうした危機下にこそ信仰が試される時であるとし

心を穏やかにして、信じ、祈り、耐えて危機を乗り越えようと教えている・・・。

ヨハネの黙示録の到来も予測しながら、その時こそキリストの再臨があり、

真のキリスト教信者がこの世の民となる・・・もはや戦争も争いもない平穏な

キリストの千年王国が始まることを夢見ていよう・・・・と思う。
 

日本のキリスト教会に望むこと・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 7月10日(土)15時25分41秒
  今日のライフライン(キリスト教伝道番組)を観て感じたことは

大手の強大な組織を持つキリスト教会ほど、上場企業の組織のように

この世で常識とされている、学歴・社会的地位・品格・家柄など

一定の条件を備えていないと教会員(企業の場合は社員)には

なりにくい(またはなれても長くはいずらい・・・)ということが

はっきり読み取れました。

私は、前回下段に書いた「私の信仰心と宗教観」でも述べているように

日本のキリスト教以外の人々の心を知るために、生長の家や創価学会、

真如苑、禅宗寺院、天台宗寺院、幸福の科学、浄土真宗寺院などを訪ね

その心と実態を勉強させてもらいました。

それぞれの宗教団体は、それなりの主張や心情をもち、理解できましたが

概念的には日本の大手キリスト教教団とあまり変わらない教団規約や

信仰規約でした。

わたしが、ある大手カトリック寺院を訪れた時のことでした。

日本のプロテスタント教会は2~3の大手教団以外にも小さく分かれ

過ぎていてその小規模プロテスタント教会は、もといた自分の大手

教団を非難しその弱点を暴露して活動している。そういうわけで

真に救いを求めてきた日本国民の求道者を迷わせている・・・。

そのことが日本のキリスト教普及のネックになっている・・と・・・

それは、大手キリスト教団が、教会の財政を支えるためにまず

定例献金(月一回の定まった献金)の順守を第一義とし、これを

守れない教会員を別帳扱い(正教会員でない)とし、いわゆる企業

でいう、休職扱いとしている。

このことは、一番救いを必要としている、非正規・派遣社員や

失業者などの入信・求導心を門前払いする結果を生み出していると

・・・・

この現実は、他の仏教寺院や神道系寺院、宗教団体にも当てはまる事で

別に大手プロテスタント教会だけに限定されることでないが・・・

しかし、日本国内で宗教が広まらず、下段(2段下で述べた)

世界で中国に次ぐ無宗教国とレッテルをはられる要因となってる

とも思われる。

さて、本日のライフライン(テレビ番組)をみて感じたことは・・

東京、代々木公園での、もとテント生活者などの救済のため、活動しているプロテスタン

教会の活動であるが、ほとんど教会組織の財政の支えにもならない福音伝道活動なのに

多くの教会員がキリストの時代の情熱的な信仰心にもどって、真の意味の魂の救済活動に

専念し自らの信仰心を深めている実態に心うたれたのだった・・・。

そこでの奉仕伝道活動により、多くのテント生活者が生きる勇気を与えられ

キリストが一番望んだ、心の貧しい人々、世に捨てられ自殺寸前の人

薄情なこの世を憎み、生きる希望を失った人々の心を救い、慰め

キリスト愛とこの世にはない信仰による心の平安と希望を取り戻させて

いる証を聞き・・・真のキリスト教伝道はこうあるべきだ・・・

規模は小さくてもこれこそキリストの望まれる教会(霊的集団・・・

エクレシア)である・・・と思ったのでした。
 

私自身の信仰と宗教観

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 7月 5日(月)18時18分34秒
編集済
  下段に述べた「日本人の信仰心と宗教観 」をまず読んでいただき、そのあとで、

このコメント(以下)を読んでいただくと、

私が主張する宗教観と信仰の内容がよく理解していただけると思います。

私は、宮沢賢治氏が「雨にもまけず」で述べられた、クリスチャンでありたい・・・と

思っています。

彼は熱心な法華経の信者であったが、懇意にしていた、一人のクリスチャンの友人について
下記のように紹介し、自分はこのような人になりたい。・・・・言い切っているのである。
(下記はWikipedia に紹介された 百科事典引用の文章であるが・・・・)

「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/行ッテソノ稲の

束ヲ負ヒ」のように労をいとわず手助けをし、「ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモ

セズ/クニモサレズ」とあるのは、『法華経』の常不軽菩薩の精神を表していると指摘され

ている

以上のように、私は日本の人口の1%にも満たない、クリスチャンであることも鑑み・・・

あと99%の仏教徒、神道、天理教、創価学会員、生長の家などの諸宗教の信者の人々や

先祖供養はするが表面的には無宗教としている、日本の同胞の人々と仲良くし、彼らの

主張もよく理解し決して宗教的なことでは非難せず接していきたい・・・と思っている。

このように書くと、キリスト教会への忠誠心と教会規約の順守を第一義としている・・・

教会優等生には、完全な汎神論者として排斥されるかもしれないが、私はそのことを恐れて

いない・・・。

なぜなら、キリスト自身、異邦人(ユダヤ教徒でない人々)を助け弟子たちと変わらぬ愛を

注いだからである・・・・。
 

日本人の信仰心と宗教観

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 7月 3日(土)21時45分40秒
 
「宗教を信仰しているかどうか」という調査の場合は、また異なる数字が出ている。

NHK放送文化研究所による「ISSP国際比較調査(宗教)2008[8]」によると、

「あなた自身は、何か宗教を信仰していますか」という問いに対して、

宗教を信仰していない」(無宗教)49.4%、

仏教34%、神道2.7%、その他の宗教1.1%、

プロテスタント0.7%、カトリック0.2%などとなっている。

宗教を信仰していない」人49.4%に対して

宗教を信仰している人は38.7%となっている。

したがって、「宗教を信仰している」人の中では仏教が多数である。

キリスト教信者は少数であり、かつその他の宗教(諸教)の信者よりも少ない。

以上は文化庁『宗教年鑑』の宗教統計調査の数字とおおむね一致するが、

『宗教年鑑』では仏教とほぼ同じだけ信者がいることになっている神道を「信仰している」

と思っている人は仏教に比べ相当少ない。

また同調査によると、神の存在については、「神の存在を信じない」人は8.7%と少数である

「神の存在に疑問を感じることもあるが、神は存在すると信じている」人が11.9%

「実際に神が存在することを知っており、神の存在に何の疑いも持っていない」人は4.3%

神の存在を積極的に肯定する人も少数である。

一方、「神が存在するかどうかわからないし、存在するかどうかを明らかにする方法もない

と思う」という不可知論的な立場を表明する人も19.2%で必ずしも多くはない。

「神がいるとは思わないが、何か超自然的な力はあると思う」人が23.2%

「神の存在を信じる時もあるし、信じない時もある」人が32.0%

以上、人知を超えた宗教的とも言い得るものが存在しているような気がする、といった意識

を持っている人が半数以上を占めており、多数派である。

また、多くのものに神の存在を感じたり、祀ったりする気持ちについて、

「理解できる」人が25.9%

「どちらかといえば、理解できる」人が52.9%

汎神論的感覚を肯定する人も多数となっているため、「宗教を信仰していない」人(無宗教)

が約半数であっても、単純に「無神論者や不可知論者が約半数」とは言えない、という結果

となっている。

なお、ギャラップインターナショナルによる2017年の調査(調査対象68カ国、約6万6千人)によれば、

日本は人口の29%が神を信じていない無神論者とされ・・・・

この無神論者の割合において、日本は中国に次いで世界2位となっている。
 

讃美歌「われをもすくいし」

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 6月14日(月)14時49分7秒
  この讃美歌は、有名な讃美歌であるが・・・・特に

最後の部分は感動する 詩である・・・・


この身は衰え世を去る時・・・

喜びあふるる 御国に生きん・・・


下記はこの讃美歌のサイト(Youtyub)である・・・

https://www.youtube.com/watch?v=iPMVKkNn1ro
 

穏やかで幸せな気分になれる音楽

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 6月 9日(水)10時47分55秒
  穏やかで幸せな気分になれるクラシック曲集・・・

下記はそのサイトです。

一度、ご視聴ください・・・


https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ab%e3%81%af%e3%81%8b%e3%81%88%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%be%e3%81%9b%e3%82%93+youtube&&view=detail&mid=BE127A0D3780AEDED3D5BE127A0D3780AEDED3D5&rvsmid=4F18CAC8502138D69CC04F18CAC8502138D69CC0&FORM=VDRVRV
 

魂の安らぎを得られる名曲集

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 5月16日(日)09時23分6秒
  コロナ禍で、心が休まる日がない日々ですが、涙が出て止まらないほどに美しいクラシック曲集がありましたので紹介いたします。

下記はそのURLです。


https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ab%e3%81%af%e3%81%8b%e3%81%88%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%be%e3%81%9b%e3%82%93+youtube&&view=detail&mid=4F18CAC8502138D69CC04F18CAC8502138D69CC0&&FORM=VDRVRV
 

心にしみる讃美歌です。

 投稿者:椿  投稿日:2021年 5月15日(土)10時32分20秒
編集済
  お久しぶりです。コロナ感染が全国的に拡大し、不安な毎日ですね。
このパンデミックを切り抜けることができるのか・・・もう神の領域の問題のように思えます。

私は、伸びてきた庭木を剪定したり、簡単な洋裁や刺繍をしたり、短編集を読んだりしながら、
時間が過ぎてゆくのを感じています。

「主よみもとに近づかん」の紹介、ありがとうございます。
この讃美歌は、「タイタニック」のほかにも、「銀河鉄道の夜」のアニメにも出てきて、印象に
残っています。美しいメロディーで覚悟を決めた心の静けさがしみてきます。

 

主よみもとに近づかん・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 5月14日(金)16時57分44秒
編集済
  「タイタニック」の映画でも紹介された、讃美歌「主よみもとに近づかん」は
私たちの人生の終焉の時期にしみじみと歌えば、信仰の原点がみえてくるのではないかと・・・
ふと、思えるのである・・・。

下記はその讃美歌のYouTubeのURLである。興味のある方は一度お聴きください・・・

https://www.youtube.com/watch?v=OyFexSU11S8


当時世界最大の客船であったタイタニックは、1912年4月14日の23時40分(事故現場時間)に氷山に衝突した時には2,224人を乗せていた。事故発生から2時間40分後の翌4月15日の2時20分に沈没し、1,513人が亡くなった。

主よ、みもとに近づかん
のぼる道は十字架に
ありともなど悲しむべき
主よ、みもとに近づかん
さすらうまに日は暮れ
石のうえのかりねの
夢にもなお天を望み
主よ、みもとに近づかん
主のつかいはみ空に
かよう梯のうえより
招きぬればいざ登りて
主よ、みもとに近づかん
目覚めてのちまくらの
石を立ててめぐみを
いよよせつに称えつつぞ
主よ、みもとに近づかん
うつし世をばはなれて
天がける日きたらば

 

`讃美歌「キリストにはかえられません」

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 5月 1日(土)23時14分6秒
編集済
 
私は、バブルの頃で日本中が好景気と大きな災害もなかった頃に・・・
(日本の人々が平和で災害もなく好景気に浮かれているときに、)
この歌詞を歌うのは人々の不幸と生活苦を待ち望んでいるように
とられないか・・・と危惧した時もあった・・・。

歌詞は以下の通りである・・・。

(1) キリストにはかえられません。
             世の宝もまた富も・・・
(中略)
           世の楽しみよ去れ
(中略)
(2) キリストにはかえられません
            有名な人になることも
            人のほめることばも
            この心をひきません
            世の楽しみよ去れ
            世のほまれよ、行け

以上、東北大震災もなく、現在のように
世界的なコロナウィルスの蔓延もない時には
大声でこの讃美歌を歌うには、クリスチャンでない人々に
対して、人の不幸や災害を賛美しているように思われないかと
危惧したわけです。

しかし、インド型コロナウィルスの惨状や日本の医療危機の
現実をまのあたりにみて、逆説的ではあるが・・・しかし
今こそ、こうした悲劇に一喜一憂することなく、人類の最後の
砦として希望を持つために、この讃美歌を高らかに歌い、逆に力を人々に
与えたいと思ったのでした・・・。

(3) キリストにはかえられません
            いかにうつくしいものも
            このおかたで心が満たされている今は・・・

 下記はこの讃美歌が歌われているYouTyoub のサイトです。

https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ab%e3%81%af%e3%81%8b%e3%81%88%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%be%e3%81%9b%e3%82%93+youtube&&view=detail&mid=0AFF301BCFA1E9ED871C0AFF301BCFA1E9ED871C&&FORM=VDRVRV
 

希望の虹

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 4月10日(土)18時21分32秒
編集済
  みなさんは、日本でも時々見ることの出来る「虹」についてどのような印象をおもちですか?
ほとんどの人は虹をみて「綺麗だ・・・!」と感じると同時に、
「縁起がいい・・・!」とか「何かいいことが起こりそうだ・・・!」と思われたことでしょう。
では、そのルーツを聖書から辿ってみます。
皆さんもご存じのように、「ノアの箱舟・・・」で知られるように、紀元前の大昔に
地球に大洪水がおこり、地球の大半が海水に沈んでしまった時期がありました。
このとき、信心深かった「ノア」は数年も前からこの洪水を予測(神の警告を聴き判断し)
大きな箱舟を創り始めたのです・・・。そして「いよいよ、洪水が迫った時、親族すべてと
動物や鳥類など種類の異なるものの、つがい(雌雄)をあつめ、船に運びこんだのでした・・。
この出来事の詳細は聖書(旧約聖書)の創世記に詳しく述べられていますが、皆さんは
テレビや映画ですでにみられほとんどの方はご存じだと思います。
さて、このあとノアの箱舟に乗り込んだノアの親族や動物たちは長い間、海をさまよい
洪水がひき、陸が現れるのを祈ったのですが、その祈りの中でノア達は海辺に大きな虹の
かけはしを見たのです。その感動の中で神はノアたちにこう言われました。
「もう私は、この地上で生きるあなた達や動物たちに今回のような試練は与えない・・・」
この「虹」がその契約の印(しるし)である・・・・と
それ以後、旧約聖書の時代にはこのような地球を一変するような大洪水や大災害は起こらなかった
のです。それゆえ、虹は神との約束の印(しるし)「契約の虹」と呼ばれるようになり、
虹は平和と災害の無い温和な神との契約の印(しるし)・・・とされてきたのです。

参考資料(創世記9章12節‐17節)
「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、 代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。 これはわたしと大地のてた契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、
わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべての肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。 水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべての肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」 神はノアに言われた。
 「これが、わたしと地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

http://

 

美しい曲ですね

 投稿者:椿  投稿日:2021年 3月 9日(火)14時40分53秒
編集済
  三大アヴェ・マリアの中でも、このカッチーニ作曲?と言われている曲が一番
好きです。
いろんな方が編曲されていますが、私は加羽沢美濃さんが編曲された「アヴェ・マリア」
がきれいだなあ・・・と思います。

そうそう大河ドラマ「平清盛」で音楽を担当された吉松隆さんもこの曲に魅せられていた
みたいで、ドラマにもその片鱗がよく出てきました。笑


加羽沢 美濃さんが弾いておられます。 ↓

https://www.youtube.com/watch?v=VPZiG9pOMpg

http://

 

「アヴェマリア」 の名曲を聴こう・・・!

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 3月 8日(月)05時46分11秒
編集済
   今日はカッチーニ と シューベルト の アヴェマリアの曲を聴いてみましょう・・・・

下記は  アヴェマリアのサイトです・・・

(1) カッチーニのアヴェマリア・・・

 https://www.youtube.com/watch?v=vYc6QUmZ1lk

(2)シューベルトのアヴェマリア・・・

 https://www.youtube.com/watch?v=5NARW5X5zh8&list=RDxXsU44mu

 

讃美歌「いつくしみ深き」の思い出

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 2月25日(木)16時30分43秒
編集済
   私が小学生の時、地方の唱歌コンクールで入賞(100名中12名が入賞)したとき

 歌ったメロディーが讃美歌の312番の「いつくしみ深き」でした。

 勿論歌詞は、ほかの歌詞に(「星の界」や「母の歌」などに)変えられていましたが

 成人してクリスチャンになったとき、この讃美歌を歌うたびに小学生のころを

 思い出します。

 今日はこの讃美歌をソプラノ歌手の松谷友香さんの歌で聴いてみたいと思います。

 下記はその YouTube のサイトです・・・・。

 https://www.youtube.com/watch?v=WZ_-2w8nCxQ

 

再度「いのちの歌」・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 2月21日(日)15時15分43秒
編集済
  竹内まりや さんの 「いのちの歌」を・・・

(1)今回は、はいだしょうこ さんの歌と男性の力強いピアノ演奏で聴いてみましょう・・・

 https://www.youtube.com/watch?v=GiAlPTtoyCs

(2)カラオケバトルで注目された 茉奈佳奈 さん の熱唱も聴いてみましょう・・・

  https://www.youtube.com/watch?v=1JQmT4pWick

(3)オペラ歌手が歌う「いのちの歌」 合唱 リモート映像

  https://www.youtube.com/watch?v=XuKFr_BC-4Y

 

美しい旋律でリラックスできる音楽

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 2月16日(火)21時10分48秒
編集済
   今夜は YouTyubeで

 美しい旋律でリラックスできる音楽を聴きながらすごしましょう・・・・

 https://www.youtube.com/watch?v=mIYzp5rcTvU

 

私の素朴な思い・・・

 投稿者:Angel77  投稿日:2021年 2月13日(土)15時20分57秒
編集済
  私はプロテスタントのクリスチャンがイエスキリストの十字架の贖い・・・・

イエスキリストが、天地創造の神の愛により、この世につかわされ、エデンの園を追放

された人間が「死」ななければならない宿命から解放するため、この人間の宿命の死を

十字架の死と苦しみを全人類にかわって受けられ、この十字架の贖いを信じる信徒に対して

人間が初めて・・・

神の国(もはや死もなく病もなく苦しみもない神に約束された天国)に入ることを

許される・・・・

とした「信仰義認(イエスキリストの十字架の贖いを信じる信仰によってのみ、義(罪なき者)

とされる・・・」としたことについて、自分自身の事としてはありがたい、ただ神の一方的な

恵み・・と感じ今も感謝に堪えない心境なのですが・・・

年配になり歴史や世界の国々の人々の暮らしに目を向けると・・・

北朝鮮やその他の国で、キリスト教の恵みに接する機会のない人々は一体どうなるのだろう・・・

と・・ふと疑問が湧いてくるのです。この国の人々こそ、もう一度生まれ変わり煉獄で清められ

イエスキリストの愛に触れ、もはや死もなく病もなく生きる苦しみもあじあうことのない

天国に入れるチャンスを与えられるべきではないかと・・・・

ふと、そう思うのです・・・・。

いや~話が深刻で少し湿っぽくなってきましたので・・・・

下記に示した YouTyubeのサイトで元気を取り戻してください・・・

  https://www.youtube.com/watch?v=XyxcVkIkd0o
 

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